ブドウ畑の空に乾杯

液体姿見

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週末はずっとベッドの中で本読んで過ごした.
日曜日の夜、帳尻をあわせるようにジムへ行き体を動かした.
その後飲んだ酒が美味かったせいもあり、今朝はとても目覚めがよくスッキリしていた.

やっと樽庫の中の樽全部注ぎ足し終わる.
一連の作業で思ったことなのだが、お金というシステムが関係している以上
ワインは売り物だが、単なる物として扱ってはそれは醸造する人間としてはおしまいだということだ.

目の前に並んだ無数の樽を見て、ただひたすらその労働の果て無きを思って
「面倒だ」と腐った気持ちになる、というのは私にとってはありえないことで、
樽に寝かせられたワインの、しかもその中でも自分の汲み取った部分が
どのような色をしていて、どのような香りを発し、どのようなが舌触りなのか、ということに興味はつきない.

ワインが生きていることが目に見え、香りに反映され、味に出ているのだ.
これほどおもしろいことはない.
我々が瓶詰めしようとしているのは、まぎれもない、いのち なのだろうか.
変わり続けて生きるもののかたちなのだろうか.
それはそっくりそのまま、つくったり飲んだりしている人間の姿でもあるのだろうか.
まだわからない.

夕暮れの空のピンクが素晴らしく美しかったが、作業中でどうしても写真を撮ることができなかった.
そうこうするうちにタイミングを失って暗くなってきちゃった時に撮ったのが下の写真.

やれやれ今日も怪我なく終わってよかった.

明日は休日.

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by saitomy | 2008-11-10 03:00 | ワイン・ブドウ アメリカ編
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