ブドウ畑の空に乾杯

休日の領域

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顔洗ってギター弾いて豆腐ステーキを食べてギターを弾いてソファで本読む。ねえ、こんなに楽しい時が永遠に続くように思えても、突然人は死んじゃったりするものだよね。それってすべての関係の終わりを意味するのかな。そうじゃないと思い込み続けるのはとても楽だし救いなんだ。でもそんなのって自惚れや勘違いと同じことなのかな。ねえ、そちら側からはどう見えるの? それが聞きたいんだ。でもいくら言葉を話しても、いくら分かり合いたいと願いをこめて夢をみても、それが叶うかどうかなんて本当に誰も知らないことだよね。だーれも、しらないんだよね。話す言葉の意味はホントじゃないことが多いね。ほんとじゃないってわかってみんな話しているね。悲しいね。果てしなく遠いね。そういうものなんだ、ということを分かっていくだけのことなのかな。わかってるけど確認することから逃げたくなることがあるよ。だってほんとはあなたの近くにいたいんだもの。ねえ、そちら側からはどう見えるの。もう言葉に意味を持たせることをやめたよ。お絵かきする。下手くそなんでいやになっちゃう。おれへたくそだよ、わたしもだよ。解せないことだらけだよ。だから本を読むよ。ギターを弾くよ。感じるよ。見つめるよ。どうしてこんなことになったのだろう。どうして? 19世紀的ジロンド川への身投げ。

by saitomy | 2008-07-12 03:00 | タダの日記
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