ブドウ畑の空に乾杯

おやじくさい

おやじくさい_c0129024_1713155.jpg


今日のボトリングはなしになった.
醸造家ジョンがどうしてもワインを好きになれなかったため.
ボトリングが急に中止になるのはこれが初めてではない.

瓶詰めする前の日は必ずみんなでテイスティングして
必要があればブレンドやトライアルを行い、
全員とはいかなくても大半の人が納得できればその味に決める.

だが他人の意見を聞いたり顔色を見ながら味見すると、どうしても自分の感覚も影響されることがある.
だから醸造家ジョンはきっとみんながいなくなった後で一人でグラスのワインと対話しているのだろう.
最終的な結論を出すのは彼だ.

と言うわけでボトリングはなくなったので
朝からいくつか樽を出してきて、ブレンドの試作品を作ってみる.
なかなかうまくいかなかったけれど、私以外のみんなが気に入ったブレンドがあったので
それに決まった.
タンクの中で決まった比率どおりにブレンドを作り、もういちど試飲.
変な臭い...変な例えだが、年老いた男の汗くさいシャツのような.
私はほんとにこのワインが嫌いです. 大っ嫌いです.

全て作業が終わって、醸造家ジョンのオフィスへ行った.
「今日作ったブレンドどう思う? 俺は前のよりはいいと思うんだけどね」と言われて、こう答えた.
「正直全然好きになれません! みんなは気に入ってたけど. 年老いた男の汗の臭いがするんですよ、
でも誰もそんなこと言ってないので、私だけ鼻がおかしいのかも!」

醸造家ジョンと私の意見が食い違うのも初めてではない.
嗅ぎ分けられる香りの種類にも個人差があるし、好みだって一人ひとり違うわけだし、
醸造家だって日によって嗅覚の感度も違うのは当たり前だと思う.

私が醸造家ジョンを尊敬しているのは、彼が何より素晴らしい感覚の持ち主であることに加えて、
自分の体調、嗅覚、味覚の波を把握していて、決して偉そうに振舞わないからだ.
私は彼に同調する必要もないので、いつも自分の意見を率直に言うだけ.
彼は私の意見も尊重してくれて
「よし. それは君の鼻がおかしいのかもしれないし、正しいのかもしれない」
と言って今日は銅を加えるトライアルをやらせてくれた.
結局銅を加えると苦味が増してうまくいかなかったが、少なくともそのオヤジ臭さは消えてた.

ジョンはまったくそのオヤジ臭をワインの中に見つけられない、と言い続けた.
「もしかしたら君はその匂いに特別敏感なのかも知れないよ」

だとすれば. 仮に私のこの日の嗅覚は間違っていなかったとすれば.

醸造家ジョンをはじめこのワインをテイスティングしたのはほとんど男性たちだ.
男たちが男の匂いを嗅ぎ分けるのはおそらく彼らが女の匂いを嗅ぎ分けるよりは難しいのではないか.

そして日本育ちの私にはこの臭いは強烈な体験として残っているのだ.
私の同僚たちはほとんど体験したことがないはずだが
夏の満員電車、仕事帰りの男のシャツからにおい立つあの臭気.
少なくとも私にはそう感じられた. あれがかすかにでもグラスの中にあったら?
身に覚えのある香りを嗅覚はより敏感に察知して記憶と結び付けようとするのではないか?
そんなことを考えた. 何の根拠もないが.

私をよく知っている人は分かると思うが私は年老いた男は好きなのである.
(でも若い男も好きで結構ストライクゾーンは広いんだけど、今それは関係ないのでいいや...)
だからと言って年老いた男の汗かいたシャツ(もしくは靴下と言ってもいいかな)の臭いを
好きになれるかというと、やっぱりそれは別問題なのだ!
そんなものがワインの中にあったら売りたくはない!

私はこのワインが嫌いです.
今のところは.
でももしかしたら月曜日にはまた香りと味が変わっているかもしれない.
それにこのワインはボトリング前にマイクロフィルターにかけるので、そのことも考えると
それほど厳しいことを言わなくてもいいのかもしれない.
それに、やっぱり今日の私の鼻がおかしかったのかもしれない.

というわけでまだワカリマセン.
月曜日またテイスティングしてみよう.
ともあれ、週末. ばんざい! 今日の香りの記憶は全部忘れて過ごそう.

このごろ毎日誰かがブドウの差し入れをしてくれるので
しばらくフルーツ買わなくてよさそうだ. (大学では食用ブドウも育てています)
栽培者のみなさん、ありがとう.
畑で働くあなたたちは最高にカッコいいです.



ところで、また一つモノを壊した.
樽にホースから勢い良く水入れてたら圧力でバリッと...すみませぬ.
しかし醸造家ジョンは誰かが何かを壊してもとても寛容. クールなボスだ.

by saitomy | 2008-07-18 03:00 | ワイン・ブドウ アメリカ編
<< 記事 ふつつか >>