ブドウ畑の空に乾杯

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遺された私たち

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お通夜の後で呑んで笑ってるなんて馬鹿げていると思われるかもしれないが、
先生との思い出はとても楽しく優しいものばかりで、話しているとどうしても優しい笑顔になってしまうのだ.
いつもの飲み会と同じように、昔連れ立って行った旅の話で盛り上がり、
久しぶりに会えたことが嬉しい心持ちもし、ほんとうにいつもとかわらない.
奇妙なのは先生が眠ったまま動かないということだけだった.
私たちは先生のことを「パスカル隊長」と呼んでいた.  私たちの名は「世紀末ブドウ収穫隊」という.
2000年にコルシカ島へ渡った仲間たちだ.

by saitomy | 2012-11-05 03:00 | ワイン・ブドウ 日本編

天使の分け前

その日の夜、こんな夢を見た.
私はお気に入りのワインを樽から盗んだのだ.

手を組んで横たわる先生の前で盗んできたワインをグラスに開けた.
人差し指と中指をそろえてグラスに浸し、遺体の唇をそっと湿らせた.まだ温かいような柔らかさがあった.
いつもワインを飲むとそうなったように、先生の顔が赤らんでくるのではないかと思うほどだった.
これが本当の天使の分け前だろうと、夢の中の私はうそぶいた.
先生の枕元には先生と顔のそっくりなお兄さんが静かに座っていた.
すみません、生きている間に飲ませて差し上げられなくてすみません.
言いながら泣きじゃくり、ふと触った先生の額の冷たさにぎくりとしたところで目が覚めた.

by saitomy | 2012-11-03 03:00 | ワイン・ブドウ 日本編

仕込み仕舞い

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仕込みの終盤、私をワインと出会わせてくれた恩師がくも膜下出血で倒れた.

「驚かないで下さい。状態はかなり悪く危篤です。入院先は...」
送られてきたメールを読んでも信じられなかった.もってあと2-3日と医師が言ったのだそうだ.

あと2日ですべての赤ワインの搾汁を済ませ、長らく続いた仕込みの期間がようやく終わるという時だった.
「ワインを放ったらかしにして会いに行っても先生は喜ばないかもしれない。
しっかり仕事してから一緒にお見舞いに行こう。もしかして先生、待っていてくれるかもしれないから」
連絡をくれた人とそう話し合い、ワイナリーの勤務を終えて3日後の土曜日にお見舞いへ行く事に決めた.

決断は正しいとは言えなかった.それからは仕事どころではなく、
ずっと張り詰めた何かが頭の中を支配しており、視界は狭く歩は進まず、
うっかり怪我でもしそうな心持ちがしたまま1日が過ぎた.
前述のメール以降何の連絡もこないことが救いであり不安でもあった.
夜中に浅い眠りの夢の中で、倒れたはずの先生から電話がかかってきてフランス語で挨拶をしたりした.
全ては本当に夢で、何事もなかったようにまた起きてくるのではないかと祈った.

2日目の朝. 落ち着かなかった. 一体何を思ってワインを造ったらよいというのだろう?
病院へ駆けつけて、魔法の秘薬のようにワインの瓶を取り出し、先生に飲ませたら目を覚ましてくれないだろうか...
だが私が造っているのはそんな魔法の液体などではなかった.
その日ずっと気にかけていた携帯が作業着のポケットの中で震え、知らせが届いた.
先生は亡くなってしまったのだ.
しゃがみ込んで息を止めたが、やがて立ち上がって泣きながらカベルネ・ソーヴィニョンを搾った. 

こうして2012年の仕込みが終わった.

by saitomy | 2012-11-02 07:19 | ワイン・ブドウ 日本編